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日々の花々

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流星ビバップ|小沢健二

人間は、みんな自分が可愛いから自分を守るために許せないものがあるのだろう。なにかのせいにするのも、だれかのせいにするもの、自己憐憫に陥るのも、かんたんなことだ。ただ、そこに今いる自分というのはどういうことか?どこかでわたしたちは何かを自分の意志で無意識に選択している。そして楽しいことも哀しいこともある。何かに逆境にであった時、立ち止まって考える。そこにであったのも自分が選んだ道のなかにあり自分の責任でもある。なんてことを突風のなかで思う。

ときはながれきずはきえていく
それがイライラともどかしく
わすれてたあやまちが
おとなになりくちをあけるとき

大人になると自由に流れ星が探せる。

ごめんさないとありがとうが、もういえない関係になった人がいたならば、そのあやまちを2度としなければいい、と親友はいった。

遥かなきみは、どこにいる?
もしかしたら空の上で逢えなくなるなんてこともある。

人は前世も来世を信じたり信じなかったりするけど、空の上に逝ってしまった命は星になったのだと信じたい時がる。もちろん、そうじゃない人もいる。わたしは信じたいひとだ。でも、そうなったら、もう、ごめんなさいもありがとうもいえない。

そう思うと、一瞬一瞬が大切ななかにいるということだ。だれかとなにかを過ごすとき。

流星ビバップを久しぶりに聴いたら、うるりときた。
「すべては優しさのなかに消えていくんだね」


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by hibinohanabananew | 2013-04-30 16:20 | 日々徒然
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