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日々の花々

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「桐島、部活やめるってよ」装丁の写真家小野啓さんの個展

映画「桐島、部活やめるってよ」の装丁写真の写真家小野啓さんの個展、「PHaT PHOTO」Presents 小野啓写真展「NEW TEXT」 -72Galleryに足を運んだ。写真集『NEW TEXT』作って届けるためのプロジェクトというのが少し気になっていたので写真をみてみたかったのです。

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この写真の高校生たちは今いくつなんだろう?と思いながら、もうこの写真の彼女彼らは変わり続けている。その瞬間を焼きつけて今という時間で生きている写真。時間軸は今ここに無限にあることを思いながら見る。

小野さんの写真の中の高校生は刹那的でイノセンスな存在だった。純真だから、よくも悪くも危うくなるのだ。

私は高校時代の写真を捨てた。それに後悔も未練もない。私立から女子中学に行きそのまま同高校へ行った。中学生の時に大学生?と声をかけられるような中学生で(その反動か今は若く見られる年齢不詳な人に)、私はあの時に高校生に使うはずの煌めきのようなものを使い果たしだのだ。

高校生になると、カルティエ・グッチ・ルイヴィトンが当たり前の裕福な家庭のお姫様とそれを持ちたくて仕方がないお姫様になりたい女の子たちに分かれた。教室はジャンクなお菓子とスプーレーや香水の香料の混じっていて、みんなヘアアイロンで髪をマキマキしている。コンパや男の子の話が飛び交っている。オリーブという雑誌が好きだった私は、もうここは終わった、と確信した。私は自分にこだわりを持ち右向け右で当たり前に動き、何にも疑問を持たずみんなと同じになろうとはせず、人は人、自分は自分、という精神が目覚め誰にも群れずに過ごした。付属の大学には行かず、他校を受験して、その小さな世界にある
何かひっかかるものたちとさようならした。

私のそんな高校時代。プロジェクトに参加して高校生のポートレト写真集を購入するのは良いことなのかもしれないな、と思った。写真たちが私のダークカラーの高校生活を忘れさせてくれる。私は自分自身に色をつけたのだ。誰にも何にも染まらないための。写真に写っている高校生たちは、教室にいる誰かでなくて、わたしはわたしです、ぼくはぼくです、って話しかけてくれてるみたいだった。もしかしたら、私が遠くで眺めたブランドものをみにつけたいお姫様になりたかった女の子たちも、わたしはわたしです、って心の中では思っていたのかもしれない。

現在リアルな高校生が好きな写真なのかな?と思っていたけど、純白で100年経っても被写体が色褪せなく残る写真だなと色んなことを考えてギャラリーをあとにした。何となく、庵野秀明監督の「ラブ&ポップ」がみたくなり、三輪明日美チャンが歌う「あの素晴らしい愛をもう一度」が脳内リピートされていた。
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by hibinohanabananew | 2013-04-25 23:20 | 美術館・ギャラリー
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